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「夜は夜もすがら」(1956)より
”You Can Bounce Right Back”
子供たちと遊びながら、鉄琴もひとっ跳び
”I Love Melvin”(1953)、「ショウほど素敵な商売はない」(1954)はとばして、最後の主演ミュージカル「夜は夜もすがら」(1956)。
コール・ポーターのヒット・ミュージカル”Anything Goes”の二度目の映画化ですが、舞台や'36年の第一作「海は桃色」とはストーリー上何の関係もありません。
舞台でコンビを組むことになったビング・クロスビーとオコナーが、それぞれ主演女優をヨーロッパで見つけてきますが、必要なのは一人だったため後でもめるというお話。クロスビーはジジ・ジャンメールと、オコナーはミッツィ・ゲイナーと恋仲になり、最後は四人そろって舞台に登場します。
クロスビーとの掛け合いや、ゲイナーとのロマンティックなダンス”It's DeLovely”もありますが、何と言ってもすばらしいのは”You Can Bounce Right Back”。大西洋をアメリカに向かう客船の遊戯室にはいりこんだオコナーが、ボール遊びをしている子供たちと掛け合いながら踊ります。
ボールを床から壁にバウンドさせ、戻るところを受け止めたり、ドリブルしながら踊る芸自体も見事ですが、ボールが返るまでの合間に行う、ターンやタップのタイミングと体の切れには感心してしまいます。「雨に唄えば」以外に見ることができた中では最高のナンバーだと思います。
クロスビーもこの作品で1932年から続いたパラマウントとの契約が終わります。
時代は移り変わっていきます。
オコナーはこの後、同じパラマウントでバスター・キートンの伝記映画に主演します。しかし期待されたにもかかわらず、評判も興行も振るいませんでした。以後彼はナイトクラブや舞台、テレビに主な活動の場を移しますが、アルコール依存(’70年代に解決したそうですが)やそれに伴う健康上の問題をかかえ、’50年代までのような活躍はできませんでした。
2003年9月、カリフォルニアで心不全のため亡くなります。78歳でした。
オコナーについて私は、かなわぬ望みを抱いていたのかもしれません。ちょうど硬貨を薄切りにして表と裏を分けようと考えるように。硬貨をいくら薄く切っても、表と裏は一対となって必ず存在します。どれほど純粋なダンサーとしての能力を期待しても、子供の頃から体に滲みこんだコメディーやアクロバットのセンスはオコナーのダンスの一部であり、切り離すことはできません。生まれながらのヴォードヴィリアンなのです。
私のオコナーへの印象は、独り相撲の思い込みで始まりました。しかし最後は次のように気づくことで終わりに近づいたようです。
卓越したタップとコミックかつアクロバティックな要素の混在こそが彼のダンスであり、比類のない彼独自のジャンルといえるのだと。そして、三十代以降の、無理に名声を得ようとしない生き方も、彼のダンス同様、「ほどのよさ」の現れだったのかもしれないと。
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